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北方領土返還、共同経済活動の協議を始めることで合意も道のりは長い(北方領土の歴史解説あり)

領土返還、道のり遠く 「特別な制度」主権の壁

 

安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領は平和条約締結に向け、共同経済活動の協議を始めることで合意した。北方領土で双方が受け入れられる「特別な制度」を探る。だが主権が絡む法的立場や活動の対象範囲など課題は山積みで、首相自身「国際的にあまり例がなく難易度は高い」と認める。注目を集めた首脳会談は、領土返還への入り口にようやくたどり着くにとどまった。 領土返還、道のり遠く 「特別な制度」主権の壁 - 日本経済新聞 2016/12/17

 

北方領土の歴史 北方領土問題とは?

北方領土問題とは、第二次世界大戦の末期、日本がポツダム宣言を受諾し、降伏の意図を明確に表明したあとにソ連軍が北方四島に侵攻し、日本人島民を強制的に追い出し、更に北方四島を一方的にソ連領に編入するなどし、ソ連が崩壊してロシアとなった現在もなお、北方四島を不法に占拠し続けている北方四島の領有権を巡る外交上の問題である。

 

北方領土問題の解決は、日ロ両国間の最大の懸案事項。日本政府は、北方四島の帰属の問題を解決してロシアと平和条約を締結することにより、日ロ間に真の友好関係を確立するという方針のもと、粘り強くロシア政府との領土返還交渉を行っている。

 

北方領土から千島列島においては古くからロシアとの取り合いに近い動きもありましたが、「日魯通好条約」が1855年(安政元年)に調印される事で、この条約で初めて日ロ両国の国境は択捉島と得撫島の間に決められ、 択捉島から南は日本の領土とし、 得撫島から北のクリル諸島(千島列島)はロシア領土として確認される事になる。また当時は北海道の上に位置する樺太(サハリン)については国境を決めず、両国民の混住の地とされていた。

 

その後1875年(明治8年)、日本は、樺太千島交換条約を結び、樺太を放棄する代償としてロシアから千島列島を譲り受ける事になる。一時はカムチャッカ半島手前まで日本領土であったという事になる。

 

その後30年経ち1905年(明治38年)に起きた日露戦争の結果、ポーツマス条約が締結され北緯50度以南の南樺太が日本の領土となる。

 

1951年(昭和26年)、日本はサンフランシスコ平和条約に調印。 この結果、日本は千島列島と北緯50度以南の南樺太の権利、権原及び請求権を放棄しました。放棄した千島列島に固有の領土である北方四島は含まれていない。

 

このように歴史上幾度か変更こそあったものの、現在、北方領土と言う場合は、国後島択捉島歯舞諸島色丹島のことを指す。 「北方四島」と言われるものだが、本来の日本の領土はこの4島だけではない。 カムチャツカ半島の南にある阿頼度島(あらいどとう)から根室海峡の北に位置する国後島までの千島列島全体が日本の領土である。 歯舞諸島色丹島はもともと北海道の一部であり、これまた本来日本の領土であることは言うまでもない。

 

サンフランシスコ平和条約がひとつのポイントとなるわけだが、ロシア(旧ソ連)は千島列島放棄してるんだからと不法占拠と言える行為で「北方四島」を含んだ千島列島を占拠した。

 

サンフランシスコ平和条約については日本人の見解も異なっており、あらゆる情報も存在するが、政府としては「北方四島」は含まれないとして返還を求めている。

 

※見解が異なるのはサンフランシスコ平和条約の「千島列島」がどこを指すのか明記されておらず、国後島択捉島の2島については南千島であるという事もややこしくしているんだろう。

 

サンフランシスコ平和条約による放棄について、ロシア(旧ソ連)はそもそもサンフランシスコ平和条約の調印を拒否した経緯もあり、問題は複雑化している。

 

日ソ共同宣言

 

第二次世界大戦末期の1945年8月8日、ソ連ヤルタ協定に基づき、日本に日ソ中立条約の破棄を通知すると共に国交を断絶、宣戦を布告した。 (ヤルタ会談とは同年2月に当時のソ連クリミア自治ソビエト社会主義共和国のヤルタ近郊で行われたアメリカ、イギリス、ソ連による首脳会談である。)

 

9月2日に日本が降伏文書に署名し、戦争が正式に終結するまでにソ連軍は満州国中国東北部)や朝鮮半島北部、南樺太(サハリン南部)や千島列島全域、北方領土を占領。

 

これに対し日本は、この侵攻が日ソ中立条約の残存期間中に行われたと主張した。一方ソ連は、1941年7月7日の関東軍特種演習により日ソ中立条約は事実上失効しており、法的には問題ないと主張。

 

その後1956年、モスクワにおいて当時の首相である鳩山一郎ソ連のブルガーニン首相が共同宣言に署名し、12月12日に発効。

 

焦点の北方領土問題は、まず国交回復を先行させ、平和条約締結後にソ連歯舞群島色丹島を引き渡すという前提で、改めて平和条約の交渉を行うという合意がなされた。

 

1960年、岸信介内閣が日米安全保障条約改定を行った事に対してソ連が反発し、歯舞群島色丹島の返還を撤回したものの、その後ボリス・エリツィン大統領以降の政権から日ソ共同宣言は有効とされてきている。

 

日ソ共同宣言

 

ここまでロシアが北方領土を返還しない理由

 

・東側で生活可能な数少ない地域であること。 ・農耕が可能であり安定した海上輸送が確保できること。 ・ロシア国民が「自国である」と主張しているということ。

 

経済的な意味でロシアにとって「農耕が可能」というのは大きい。またロシアは広いがほぼ北部に位置しているため生活が難しい。北海道より上だと考えると想像つくだろう。さらには戦後70年も経過し長く生活しているロシア人がいるのも事実。ロシア国民が「自国である」と主張している人が多いといった現実で返還してしまうと今後はプーチン大統領の支持率低下にもつながりかねない。こういった点でロシアが北方領土を返還しない理由がいくつも存在し、さらに時間の経過が問題を複雑にしている。

 

※アメリカ領土に攻められた場合といった戦争を想定した見解をしている人もいるようだがここでは割愛させて頂く。

 

プーチン大統領の来日、日ロ首脳会談

 

安倍晋三首相は16日、ロシアのプーチン大統領とともに首相公邸で共同記者会見を行い、北方四島で日露両国が特別な制度のもとで共同経済活動を開始することで合意したと発表した。

 

首相は今回の合意について、北方領土問題を含む平和条約締結に向けた「重要な一歩だ」と強調した。北方領土への元島民の自由訪問に向け、「人道上の理由に立脚し、ありうべき案を迅速に検討することで合意した」とも明らかにした。

 

ロシアのプーチン大統領は、日米安保条約を念頭に「(北方領土について)議論する際は、ロシアの懸念を日本に考慮してほしい」と述べている。

 

トランプ次期大統領が米ロ関係の改善(要は対ロ制裁の緩和)に前向きである以上、ロシア側としては日本に対して北方領土問題をちらつかせる必要もないというのが現状。

 

しかし今回の会談では日ソ共同宣言にも含まれていた「平和条約」の締結に向けた動きであると考えれば前向きと捉えてもいいのだろうが、経済協力しないと平和条約しないと言われているようなもので、単に話を引っ張られていると思われても仕方のない話だ。

 

今後どのような具体的経済協力の進展があるか、この話題しばらく続くだろう。